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東京高等裁判所 昭和53年(行ス)9号 決定 1978年7月20日

抗告人 岡 平蔵 ほか六名

相手方 国

訴訟代理人 関根達夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。相手方は、抗告人らに対し、別紙(一)の文書一覧表記載の文書を提出せよ。」というにあり、その抗告の理由は、別紙(二)の抗告理由書のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  抗告理由書第一の点について

この点についての抗告理由の要旨は、本件文書提出命令の本案である東京地方裁判所昭和四九年(行ウ)第九号税理士特別試験実施公告処分取消等請求事件の訴訟において、相手方(右本案事件の被告)は、税理士になるための税理士法第六条の規定による試験(以下一般試験という。)及び同法附則第三〇項の規定による試験(以下特別試験という。)の問題及び解答等を引用し、また、抗告人ら(右本案事件の原告ら)においても、別紙(一)記載の文書すべてについてこれを引用しており、したがつて、民事訴訟法第三一二条第一号の規定に該当するので、その提出命令を求めるというにある。

そこで、右本案事件の記録について検討するに、相手方が、その主張において、別紙(一)記載の各文書そのものを引用した部分は、全く見当らない。もつとも、相手方提出の昭和五〇年一月二二日付釈明書には、第一八回(昭和四八年度)の税理士特別試験の「問題集」が添付されてはいるが、民事訴訟法第三一二条第一号の「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟手続上においてその主張を明確にするために、文書そのものの存在について自発的に言及し、かつ、これを積極的に引用した場合における当該文書をいうものと解するのが相当であるところ、右特別試験の問題は、抗告人らからの右問題の具体的内容を明らかにせよとの求釈明に応じて、相手方がこれを釈明書に添付したものであることが右記録上明らかであるから、相手方が右問題を記載した文書の存在について自発的に言及し、かつ、これを積極的に引用したとはいえない。したがつて、右文書は右法条第一号の文書には該当しないものというべきである。

なお、相手方が、その主張において、「特別試験」又は「一般試験」という用語を用い、右各試験の受験資格者やその方法、内容等について言及したとしても、それだけで別紙(一)記載の文書そのものを引用したものということはできず、また、相手方の所持している文書について抗告人らが主張引用したとしても、前記法条第一号の「文書ヲ自ラ所持スルトキ」にあたらないことはいうまでもない。

したがつて、相手方が右本案事件の訴訟において別紙(一)記載の各文書を引用した旨の抗告人らの主張は理由がない。

(二)  抗告理由書第二の点について

この点についての抗告理由の要旨は、別紙(一)の一、二記載の各文書に関し、抗告人らと文書所持者である相手方との間には税理士資格付与に関する法律関係が存在し、右文書はその法律関係の作成過程において作成されたものであり、また、別紙(一)の三、四記載の各文書に関しては、相手方の実施した特別試験に合格した税理士は、官公署在職中にその地位を利用し、予め顧問先を予約するなどして一般試験の合格者である抗告人らに著しい精神的苦痛を与えているので、抗告人らの特別試験実施者である相手方との間には慰謝料請求権の存否に関する法律関係が存在し、右文書はその法律関係について作成されたものであり、したがつて、別紙(一)記載の各文書は、いずれも民事訴訟法第三一二条第三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書に該当するので、その提出命令を求めるというにある。

よつて判断するに、右第三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、右法律関係になんらかの意味で関係があると考えられる一切の文書というように広く解すべきではなく、同号前段が、「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」との表現により、文書の範囲を具体的かつ限定的に規定している趣旨にかんがみ、これとの均衡上、ある程度限定的に解すべきであつて、文書の所持人が自己固有の使用目的のために作成した文書とか、挙証者と文書の記載事項との間に具体的な関連性のない文書のごときは、同号後段にいう文書には該当しないものと解するのが相当である。

ところで、抗告人らの本件申立は、昭和四五年度以降現在までの特別試験及び一般試験の問題等並びに税理士法第四二条但書又は国家公務員法第一〇三条第一項第三号に基づく承認申請書及びこれらに関連する意見書や通知書等の全部の文書の提出を求めるものであるが、このような文書と挙証者である抗告人らとの間に、具体的な関連性が存在するとは到底考えられない。仮りに、抗告人らの本件申立の趣旨が、抗告人らか実際に受験した年度の一般試験の問題の提出を求めるとか、あるいは、抗告人らが現実に申請した申請書に関する文書等の提出を求めるというのであれば、その限度で、抗告人らの本件申立を一部認容する余地は存するが、本件申立がそのような趣旨でないことは、別紙(二)の抗告理由書の記載内容自体によつて明らかである。

したがつて、別紙(一)記載の各文書が前記法条第三号後段の文書に該当する旨の抗告人らの主張は、理由がない。

三  よつて、抗告人らの本件抗告は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 枡田文郎 日野原昌 佐藤栄一)

別紙(一)

文書一覧表

一 昭和四五年度以降現在に至るまでの特別税理士試験(筆記試験及び口頭試験)の問題を記載した書面及びこれに対する正式な回答を記載した書面及び採点基準を記載した書面。

二 右期間内の一般税理士試験の問題並びに正式な回答を記載した書面及び採点基準を記載した書面。

三 昭和四五年度以降現在に至るまで、税理士法第四二条但書に基く承認申請書及びこれに対する所属官庁意見書並びにこれに対する承認通知書控又は却下通知書控の全部。

四 昭和四五年度以降現在に至るまで、国家公務員法第一〇三条第一項三号に基く人事院に対する承認申請書及びこれに対する所属官庁の意見書及びこれに対する承認通知書控又は却下通知書控の全部。

別紙(二)

抗告理由書

原告等は抗告の理由につき左の通り陳述する。

第一被告等は、本件訴訟に於いて一般試験並びに特別試験の問題及び解答等を訴訟に於いて引用したので、その提出命令を求める。

一 民訴三一二条第一項第一号に於いて、「当事者ガ訴訟ニ於テ引用シタル文書ヲ自ラ所持スルトキ」の意義については文書そのものを証拠として引用したる場合に限るとの解釈をとるものもあるが、通説はこのように限定すれば本号の実益がほとんどないことから文書の存在を引用したことを以つて足るとしている(菊井、村松「民事訴訟法三七八頁」、南博方「教科書訴訟と推定文書提出の要否」判例評論一二一号中段等)。実務においても本号について「とくに挙証のため引用した場合にのみ限定して解釈すべき根拠を見出すことができない」と判示して右通説により提出命令を発している(東地昭和四三、九、一四、判例時報五三〇号一八頁)。学説上当事者が訴訟に於いて引用した文書の法意については当事者が文書を証拠として引用した文書のみでなく直接引用しなくともその主張によつて当該文書の存在と内容が明らかであることを意味することが通説である。

それ故当事者が文書そのものを直接引用しなくとも、その主張を構成するについてその裏付けとなつた証拠たる文書が存在し且つそれに如何なる事項が記載されているか明らかであるならば当事者が訴訟に於いて該文書を引用したことを意味する。

二 本訴に於いては、特別試験が一般試験と試験問題並びにその方法を異にするが故に法の下の平等の原則に違反することが重要な争点となつていること記録上明らかである。

特別試験は、筆記及び口頭試験の外参酌点制度をとるのに対し一般試験は筆記試験のみが行われるが、両試験は特別試験の参酌点制度を別にして持別試験に於ける筆記及び口頭試験の問題及び解答と一般試験に於ける筆記試験のそれらとを比較検討するならば両試験合格の難易を容易に判別することができるのであつて、相手方等に於いて両試験受験者及び合格者に対してとつた措置が法の下の平等の原則に違反していることを明確にすることができる。

(一) 文書一、二について

本訴に於いては両試験が法の下の平等の原則に違反するか否かが重要な争点となつているが故に机手方等に於いても答弁書及び釈明書の各所に於いて「特別試験」及び「一般試験」なる主張をなして居り、昭和五〇年一月二二日附釈明書には、第一八回(昭和四八年度)の特別試験の問題が添附されている。これは本訴に於ける証拠と目される文書であつて相手方が訴訟に於いて引用した文書である。原決定は該文書が申立人等の求釈明に対し、相手方等がそれにつき釈明した準備再面に添附された文書であるから、訴訟に於いて引用した文書に当らないと、不可解な判断をなしているが、相手方に於いて積極的に右試験問題を主張しようと亦釈明によつてそれを主張しようとそれが弁論に上程されていることには相違なく、相手方等が訴訟に於いて引用した文書であることは明らかである。

それとも原決定は、核試験問題を記載した文書が証拠として引用されていないから、訴訟に於いて引用したことに当らないと判示されているのかも知れないが文書を訴訟に於いて引用したことの意義については前述の如く文書そのものを証拠として引用した場合のみでなく、その主張によつて該文書の存在と如何なる事項が記載されているかその存在が明らかであれば足りるのであるから、右釈明書に添附された試験問題によつて特別試験の問題が存在することは明らかである。又それによつて特別試験の筆記及び口頭試験の問題及び解答並びに一般試験のそれらの存在及び記載事項を明らかにしている。

相手方等に於いても、昭和四九年七月一五日附答弁書一五頁乃至一六頁に於いて「一般試験には一定の受験資格のある者について税法と会計学につき論文式による筆記の方法により行うものであり、これは科目別合格制度が採用されている。また特別試験とは一定の実務経験を有する計理士や税務職員等について税法又は会計の実務を主とした事項につき論文式による筆記及び口述の方法により行うものである」と主張し、一般試験と特別試験の問題と解答の存在及びそれに記載されている事項につき陳述しているものであつて、相手方等は答弁書一七頁乃至一八頁にも特別試験の内容につき詳細な主張をなしている。それ故一般試験及び特別試験の問題及び解答については、その存在とそれに記載されている事項が明らかであるので、相手方等は本訴に於いて右文書を訴訟に於いて引用しているのである。

更に申立人等に於いても訴状請求原因第三、一、(二)記載の通り特別試験の内容として試験科目とその内容と題し特別試験につき筆記と口述の試験があり、筆記試験が一般試験の如く科目選択制であり、会計に関する実務問題四問、税法に関する実務問題一〇問を出題し、受験者がそのうちから四問を任意選択すること、口頭試験については、筆記試験合格者に対し合格者を厳選するためになされるものではなく、筆記試験不合格者に対し一人でも多く合格きせるための恩情的はからいをするための試験である旨主張している。続いて申立人等の昭和五〇年四月二二日附準備書面第二に於いて特別試験内容の不合理性、一般試験との極端な差別性について両試験問題の難易の程度、昭和四八年度特別試験会計学問題、税法問題につき詳細な主張をなしている。右当事者間の主張によつて一般試験の筆記試験及び特別試験の筆記、口頭試験の問題及び解答の存在とその記載事項が明らかとなつて居り、当事者は該文書を本訴訟に於いて引用している。

(二) 文書三、四について

税理士法第四二条は「国税又は地方税に関する行政事務に従事していた国又は地方公共団体の公務員で税理士となつたものは、離職後一年間はその離職前一年間に占めていた職の所掌すべき事件について税理士業務を行つてはならない。但し国税庁長官の承認をうけた者についてはこの限りでない」と規定する。

国家公務員法第一〇三条は国家公務員が私企業と密着して利益をむさぼり国象権力の信用と公正さを失わせないため、私企業から隔離させる目的を以つてその第二項に於いて「職員は離職後二年間は営利企業の地位でその離職前五年間に在職していた人事院規則で定める国の機関と密接な関係あるものにつくことを承諾し又はついてはならない」と定め、更に第三項に於いて「前二項の規定は人事院規則の定めるところにより所轄庁の申出により人事院の承認を得た携合にはこれを適用しない」と規定する。

特別試験に合格した税理士が、税理士になる以前に国家又は地方公務員の地化にあつたことは特別試験の受験資格からみて明らかであり公務員を離職した際に右税理上法第四二条但書国家公務員法第一〇三条第三項の対象となる者であることはこれ亦明らかである。この点につき申立人等は訴状請求原因第六違法な特別試験の実施の幣害として税理士法第四二条所定の業務制限の制度が空文化して居り吉田国税庁長官は、昭和四四年八月から昭和四七年六月に至るまでの在任期間中、特別試験に合格した税理士から、右業務制限を除外するための承認をなしたことなく又右業務制限違反をした特別試験合格の税理士に対し、告発等の具体的措置をとつていないことを認めたこと、特別試験合格税理士が離職前、離職後に税理士業務を開業するためその地位を利用して顧問先を予約することが屡々行われて居り、税理士法第四二条に違反する行為をなしていることを主張し、更に昭和五〇年四月二二日附準備書面第一、四に於いても、前回趣旨の主張をなし、申立書三、四の文書の存在とその記載事項を明らかにし、本件訴訟に於いて右文書を引用している。それ故相手方国は右各文書を提出すべき義務がある。

第二右各文書は民訴第三一二条三号後段所定の挙証者と文書の所持者との法律関係につき作成された文書である。

一 右法律関係につき作成された文書の意義について既に示された判例によれば法律関係を定めた文書ばかりでなく法律関係に関連した事項を記載した文書、法律関係生成過程に於いて作成され行政処分の前提となつた文書をも包含している。法律関係生成過程に於いて作成された文書等が右文書に包含されるのは特に行政訴訟に於いて行政処分の前提となつたその生成過程を明らかにし行政処分が適正公平になされたことを担保するための文書であるからである。

二 申立人等は特別試験合格税理士ではない税理士であり文書所持者は税理士の一般試験、特別試験を実施しているものであつて右両試験に関する文書一、二記載の一般試験の筆記試験の問題及び解答、特別試験の筆記試験及び口頭試験のそれらの文書を所持するものである。申立人等は合格の容日勿な特別試験によつて税理士としての資格を文書所持者から附与されたものではなく極めて困難な道を歩んで文書所持者から税理士としての資格を附与されたものであり文書所持者との間には、税理士資格附与に関する法律関係が存在する。さらに主張した通り一般試験と特別試験について試験問題等を比較検討するならば、その間には合格するについて難易があり、一般試験の問題が特別試験のそれより合格するのが極めて困難であつて両試験は税理士の資格を取得するについて申立人等と深い関係が存する。そして右両試験は試験の問題及び解答が異なり、税理士資格取得について著しい難易があつて、申立人等と特別試験合格税理士との間に著しい差別をなし、法の下の平等の原則に違反することは前述した通りである。従つて文書一、二は申立人等と文書所持者との間の税理士資格取得に関する法律関係につきその生成過程に於いて作成されたものであるので民訴第三一二条第一項第三号所定の挙証者と文書所持者との間の法律関係につき作成された文章である。

三 文書三、四は税理士法第四二条但書、国家公務員法第一〇三条第一項第三号に基く承認申請書等の文書である。特別試験合格税理士は特別試験の受験資格が官公署に一定の期間特定の事務を行うため勤務していたものであるから税理士としての業務を行う以前に官公署に勤務していたものであつて、離職後一定の期間官公署に於いて取扱つた事件について税理士業務を行うためには国税庁長官又は人事院の承諾を要することは明らかである。ところが、特別試験に合格した税理士は、離職前に官公署在職中所掌した事務につきその地位を利用して予め顧問先を予約し、退職後所轄庁の許可をうけずに右事務を行い、申立人等の顧問先を奪取し、更には二階建、三階建と呼ばれる方法により申立人等の顧問先に於いて税務業務につき顧問に就任し、同法等に違反する行為をなしているがため申立人等は著しい精神的苦痛を蒙つている。それ故申立人等は、文書所持者等に対し、右精神的苦痛を慰藉するため慰藉料を請求している。それ故申立人等と文書所持者との間には慰藉料請求権の存否に関する法律関係が存在する。よつて文書三、四は、挙証者たる申立人等と文書所持者たる国との間の法律関係につき作成された文書である。

第三以上の次第で申立人等が提出命令を求めている文書は民訴第三一二条第一項第一号、同項第三号後段に該当する文書であるので原決定を取消した上、文書提出命令が発せられるべきである。

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